こっちの鳥羽とか志摩、いわゆる海辺の方言では自分を「わ」って言いますし
沖縄語でも「わー」とか「わん」とか言いますね。
たぶん、昔の日本の国名「倭国(わこく)」と関係あるんでしょうね。
(三国史記に「670年の十二月に、倭国が国号を日本と改名した。
日の出る所に近いから、これをもって「日本国」としたとの事である。」とある)
倭国の倭は「やまと」とも読みまして
ウチの近所の神宮の場所を定めた内親王の倭姫(やまとひめ)っていうおねいさんの事を数日前に書きましたけど「やまと」って読んで。
で、そこに今で言う奈良方面の「大和」がかぶってきちゃうわけですけど
大きな和
直訳するとグランド・サークル?
ビッグじゃないよね。
んで、これがさ
聖徳太子が17条の憲法の筆頭に持ってきた
一にいう。
和をなによりも大切なものとし、いさかいをおこさぬことを根本としなさい。
人はグループをつくりたがり、悟りきった人格者は少ない。
それだから、君主や父親のいうことにしたがわなかったり、近隣の人たちともうまくいかない。
しかし上の者も下の者も協調・親睦(しんぼく)の気持ちをもって論議するなら、おのずからものごとの道理にかない、どんなことも成就(じょうじゅ)するものだ。
でわかるように当時から「和」を最も尊んでいた、いわゆる「日本の考え方の根源」である「和」を国名にかぶせたのかな?とか思ってます。
どうでしょうかね?
他はねー。
「おれ」が意外と歴史あるんだなって思いました。
それでは、よい休日を。